市町村制覇記

自転車で日本の全市町村を制覇する過程を記録するブログ

日本最大の半島・紀伊半島の海岸線を一周しよう!②(三重県亀山市〜和歌山県新宮市〜和歌山市)

2日目

三重県尾鷲市和歌山県新宮市〜すさみ町 127km

この日は紀伊半島東海岸を南下し、最南端の潮岬に至り、そこから西海岸に入って白浜まで行くというなかなかチャレンジングな経路であった。実際走ってみると、想定以上の苦難の連続であった。

まず、前日の宿泊地の尾鷲市街を少し見て回った。尾鷲は港町として発展してきた町であり、前日の民宿の料理にも表れている通り、海産物に恵まれている。しかし、人口は1.5万人以下と、全国の市の中でもかなり下位に位置し、過疎化が問題である。ただ、見て回ってみると古き良き港町という感じで、雰囲気は私好みであった。

ちなみに尾鷲は「日本一降水量の多い街」として有名で、度々台風の被害に遭っている。この日も少し雨が降っていた。

尾鷲市街を過ぎると道は海沿いと山越えの二つのルートに分かれるが、海沿いは距離があるためにアップダウンも激しそうということで、山越えを選択した。ただ、400mほど登る必要があり、睡眠で回復した体力がゴリゴリ削られていった。

峠の頂上はトンネルとなっており、それを通過すると下りになった。

そして下っている途中で熊野市に入った。

ここでトラブルが発生した。自転車の大敵、パンクである。しかもパンクによくあるトゲやガラスの破片が刺さった、という原因ではなく、タイヤの端が何らかの理由で削れているという始めてみるものであった。ひとまず予備のチューブに交換して再出発した。

しばらく谷間にある集落群を過ぎると再び上りとなり、峠を越えた。

そしてついに再び海を見ることができた。ここからはしばらく七里御浜という平地に沿って走る。

景勝地鬼ヶ城のある半島を通過して熊野市街に入った。熊野市は尾鷲市同様、人口が1.7万人と少ないが、七里御浜の砂浜を生かして、リゾート地として観光需要がある。ちなみに熊野古道は市内にあるものの、熊野神社の主要三社は全て和歌山県にあり、そういった意味で熊野要素は薄い。

ここから通るのは紀伊半島では珍しく、直線的に続く砂浜区間であり、特に七里御浜と呼ばれる。ただ、砂浜を目視できるのはわずかで、ほとんど海岸の林に遮られていた。

御浜町に入った。その名の通り、御浜町の海岸線はずっと七里御浜で構成されていた。

果物の直売所があった。どうやら柑橘類の生産が盛んなようである。

道沿いには所々七里御浜を見渡せる地点があり、南国の象徴とも言えるヤシが列を成していた。

紀宝町に入った。三重県最南端の町である。平成期に和歌山との県境にちょこんと存在していた鵜殿村と合併して新・紀宝町が発足したのだが、なぜかそれを機に町役場が鵜殿村に移った。町の名前と面積では圧倒的に勝っていたのに、中心市街地の人口で劣っていたために起きた現象であろう。

紀宝町に入っても相変わらず七里御浜は続き、熊野市街までの道のりとは対照的な平地、しかも追い風の状態で、快調に飛ばしていたのだが、ここで再びパンクが発生してしまった。どうやらタイヤがイカれた状態で走ったため、早々に代えたチューブに穴が空いてしまったようだ。代えのチューブはもうなかったため、仕方なしに徒歩で新宮市まで歩くことにした。

4kmほど歩き、ついに県境の橋に到達した。ここら辺の三重県和歌山県熊野川で分たれており、そこにかかる橋である。橋の真ん中で和歌山県新宮市に入った。

橋を渡り切るとすぐに新宮市街に入った。新宮は熊野川の河口にある街で、熊野川沿いの森林で切り出された木材の集散地として栄えてきた。現在は2.5万人と市にしては少ない人口だが、それでも紀伊半島東側の最大の都市として重きをなしている。

この新宮市街で自転車屋を訪問し、タイヤとチューブを変えてもらった。これでもう再度のパンクはないだろう。

市街地には新宮城があった。江戸時代初期に建てられた城である。近くには他にも熊野三山かつ世界遺産の一要素を構成している熊野速玉大社がある。

新宮市街を出ると、砂浜区間は終わりを告げ、再び山がちな海岸線になる。この後は大小の差はあれど、旅の終わりに至るまでずっと細かい坂の上り下りを繰り返していくことになった。

那智勝浦町に入った。那智の滝で有名だが、海岸線から遠すぎるため、今回は行かなかった

那智勝浦町はその名の通り、那智と勝浦という集落が合体してできた町だが、両者の距離は非常に近接している。どちらも漁港を有す港町として発展してきた。

リアス式の海岸をひたすら走っていく。途中、トンネルがあったり、駅を眼下に見下ろせる地点があったりと、かなり変化に富んだ道のりであった。

太地町に入った。那智勝浦町と海に囲まれた小さな町であり、明治時代以来一度も合併せずに同じ領域を保ってきた、珍しい自治体である。クジラ漁の街として有名である。市街地は半島の先にあるが、日もかなり傾いていたため、今回はスルーした。

一旦那智勝浦町に戻った後、串本町に入った。本州最南端の市町村である。ここまでくると、地の果てに来たというなんともいえない寂寂たる雰囲気を感じることができた。

ここからは海岸線の狭い平地を通って進んでいく。

古座町市街を抜けてしばらくすると、妙に整然と並んだ岩の群れがあった。橋杭岩というらしい。

そして日も暮れかけているころ、串本市街にたどり着いた。本州最南端という辺境にしては栄えており、飲食チェーン店やホテル、アパートなども軒を連ねていた。

さて、もう日が落ちたとはいえ、ここまで来たならば絶対に行っておきたい場所があった。それが紀伊半島最南端かつ本州最南端の地、潮岬である。関西の天気予報でしか普段見ない、その地へ向かった。途中の意外と山がちな道を超えていき、ついに灯台が見えてきた。

灯台がある公園内に本州最南端の碑が立っていた。その先はもはや昏い海しか見えなかった。

ついにこの地に来れたという感動もひとしお、これから急いで白浜まで向かわなければならない。なおも65km残っているという絶望的な長さであり、時間をかければたどり着きはするが、予約していた宿のチェックインが9時までということもあり、途中で切り上げて電車に乗ることにした。

それでもできるだけ白浜に近づいていく。再び串本市街に戻り、そこから西へ向かうとかなり険しい坂が待ち受けていた。坂を2、3つ越えるとすさみ町に入った。漢字で書くと周参見となる。

この後も起伏のある道であるようだったので、すさみ町に入って最初の駅である江住駅から白浜駅まで電車を使い、そこから再び自転車に乗って宿まで辿り着いた。今回はトラブルがあってこのような結果となったが、トラブルがなくとも無理のある行程であったと言わざるを得ない。だがまだ旅は続いていく。

3日目へ続く